中日雙語丨牡丹花開出日中友好情緣——40歲,我來到了中國㉔

中日雙語丨牡丹花開出日中友好情緣——40歲,我來到了中國㉔

40代から始める日本人の中國生活の記録

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牡丹花開出日中友好情緣


在日本,說起花人們首先想到的是櫻花,而在幅員遼闊的中國,東西南北的植被各不相同,每個季節都能欣賞到各式繁花。百花之中若要選出一個尤其受中國人喜愛的,那一定非牡丹莫屬了。

山東菏澤的牡丹

牡丹原產於中國,在成書於漢代的中醫四大經典著作之一、已知最早的中藥學著作《神農本草經》中,就被作為一種藥草記載於冊。後來人們廣泛栽培牡丹用作觀賞,許多紋樣、詩歌和繪畫等作品也都以牡丹為主題要素。牡丹歷史悠久,高貴又絢麗豪華,真可謂是中華文化的象徵了。

如果你想盡情欣賞牡丹之美,不妨去山東菏澤逛逛。菏澤被譽為“牡丹之都”,每年的牡丹花季,這裡都會舉辦許多與牡丹相關的活動。牡丹不僅促進了旅遊業的發展,以花為媒,國際文化交流也綻放精彩。

此前舉辦的菏澤牡丹國際傳播論壇就是這樣一個活動。該論壇以“打造中華文化標識,向世界講好菏澤牡丹故事”為主題,旨在向世界宣傳中國·菏澤所孕育的牡丹文化,加深國際社會對菏澤、山東、乃至中國的瞭解。

菏澤牡丹國際播論壇

活動當天,我也有幸親臨現場,聆聽了來自世界各國的嘉賓的發言和討論,並與許多嘉賓進行了交流。通過交流我發現,菏澤的牡丹正在為中日友好做出貢獻。


中日創新交流協會理事長、岐阜日中文化交流協會理事長馬勵

“我從與會者那裡學到了很多東西,加深了對牡丹的瞭解,今後我想在日本更多地介紹中國的牡丹文化,而這也是我參加此次論壇的原因。” 中日創新交流協會理事長、岐阜日中文化交流協會理事長馬勵在論壇的主旨演講中這樣說道。她1993年赴日留學,旅居日本20餘年,一直致力於通過牡丹促進中日友好,而岐阜市著名的美江寺內的“日中友好牡丹園”就是一個象徵。

岐阜美江寺。始建於公元717年,屬天台宗,寺內主奉十一面觀音立像。

馬勵介紹說:“2017年,我與美江寺住持結下友誼,交流中我們產生了在寺院裡創建一個牡丹園的想法,這也讓我本人與牡丹結下緣來。牡丹是從中國傳入日本的,最初大多種植在寺廟當中。美江寺住持非常關注中國,他很同意這個項目,說讓我們一起種植中國的牡丹,讓日中友誼也開出花朵。”

就這樣,日中友好牡丹園引進了中國的牡丹,而這些牡丹苗也正來自菏澤。

“通過菏澤朋友的引薦,我們訂購了108株當地牡丹花苗,但由於大家都是外行,報關也遇到過問題,栽培方法也不熟悉,很不容易。”馬勵感慨道,“但在岐阜華人、華僑和日本朋友們的齊心協力下,牡丹花終於在日本落地種植,現在每年春天都能欣賞到美麗的花朵,再累也不覺得辛苦,牡丹花給了我們很大動力。”

“而說到困難,有些遺憾的是,也有些人並不能理解認同這樣的友好之舉。但我相信,無論對方是誰,只要以誠相待,我們就能相互理解,友好相處。真心誠意,這就是牡丹友好活動教會我的。”馬勵說。

今年是《中日和平友好條約》締結45週年,作為紀念活動之一,馬勵還參與組織了4月1日、2日在岐阜市舉行的牡丹節。馬勵開心地回憶說,牡丹節上,觀眾們欣賞了日本鼓和中國舞蹈表演,在欣賞牡丹之美的同時,也感受到了兩國文化。她強調,這種民間交流在促進中日友好方面發揮了很大作用。

“民間交流也被稱為草根交流。中日兩國是搬不走的鄰居,無論形勢如何複雜,都不會改變民間交流的重要性。希望今後不僅是岐阜,更多日本地方和寺廟、更多的日本朋友能瞭解菏澤,瞭解中國的牡丹文化。而我的夢想是修建更多的牡丹園,為兩國民眾提供交流的平臺。”

中國、日本、全世界,愛花之心沒有國界。希望如美麗綻放的牡丹那樣,中國與世界其他國家之間的文化交流愈加頻繁,期待以牡丹為媒,日中友誼可以日益發展,日本民眾對中華文化的瞭解也得到深化,最後也祝願馬勵美夢成真。

     40歲,我來到了中國 ㉔

牡丹がつなぐ中日の縁

日本で花と言えばまず頭に浮かぶのは桜だが、広大な國土を持つ中國では東西南北で植生に違いが見られ、季節ごとに各地で多種多様な花が咲く。その中で一つ、とりわけ中國の人々に愛されている花を挙げよと言われれば、やはり牡丹は外せないだろう。

中國が原産地の牡丹は、漢代にまとめられた中醫學の四大経典の一つで、最も古い中醫學の著作として知られる『神農本草経』には薬草として記されていたが、やがて観賞用の花として広く栽培されるようになり、牡丹をモチーフとした文様や詩文、絵畫などが數多く生み出された。悠久の歴史を持ち、高貴で豪華絢爛な牡丹の花は、まさしく中華文化を象徴する花と言える。

その美しさを存分に堪能したいなら、山東省菏沢(かたく)市を訪れるといい。「牡丹の都」と稱されるこの地では毎年、開花期に合わせて牡丹にまつわる數多くの催しが行われており、花を通じた観光業の振興に加え、牡丹を通じた國際文化交流も盛んだ。

 第32屆菏澤國際牡丹文化旅遊節

その取り組みの一つが、4月9日に開催された菏沢牡丹國際広報フォーラムである。「中華文化のシンボルをつくり上げ、世界に菏沢牡丹の物語を伝える」をテーマとして掲げる同フォーラムは、菏沢市、そして中國で育まれてきた牡丹文化を世界に向けて発信し、菏沢市、山東省、さらには中國への理解が世界中でより深まるよう後押しすることを目的としている。

當日、筆者は會場を訪れ、世界中から集まったさまざまなゲストのスピーチや議論に耳を傾け、多くの方にお話しを伺った。そして気付かされたのは、菏沢市の牡丹が中日友好に貢獻しているという事実である。

「參加者の皆さんからたくさんのことを學び、牡丹のことを深く知って、これから日本でもっと中國の牡丹文化を広めたいと思い、今回のフォーラムに參加しました」

そう語るのは、中日革新交流協會理事長・岐阜日中文化交流協會理事長を務め、同フォーラムで基調演説を行った馬勵さんだ。1993年に留學のために日本に渡り、すでに日本生活が20年以上になるという馬さんは、牡丹を通じた中日友好の取り組みを精力的に行っている。岐阜市の名剎・美江寺観音にある「日中友好牡丹園」は、その象徴と言うべき場所である。

「2017年に美江寺観音の住職さんと友達になり、境內に牡丹園を作ろうという話が持ち上がって、そこから私と牡丹との縁が始まりました。牡丹はもともと中國から日本に伝わったもので、當初その多くはお寺に植えられていたと言われています。美江寺観音の住職さんは中國にとても関心がある方で、『中國の牡丹を植えて、日中友好の花を咲かせよう』と、このプロジェクトに賛同していただけました」

そうして中國から牡丹を取り寄せることになったわけだが、その牡丹の苗こそ菏沢市産のものだった。

岐阜日中文化交流協會2023年日中友好牡丹祭

「菏沢市に住む友人の紹介で、現地の牡丹の苗を108株取り寄せたのですが、なにぶんみんな素人なので、通関で引っかかったり、どういうふうに栽培したらいいか分からなかったりして、簡単ではありませんでした。でも、岐阜在住の華人・華僑の皆さんや日本の友人たちと一緒に力を合わせて牡丹を育てたおかげで、毎年春になるときれいなお花を見ることができるので、苦労を苦労だとは感じませんでしたし、今はお花から元気をいただいています。

困難と言えば、中にはこのような友好の取り組みを快く思わない方も、殘念ですが全くいないわけではありません。ただ、どんな人に対しても真心で接すれば、お互いに理解し合い、いい関係になれると思っています。真心を大切にする、これが友好活動を通じて私が牡丹から教えてもらったことです」

中日平和友好條約45週年に當たる本年、馬さんは記念イベントの一つとして、4月1日、2日に岐阜市で行われた「牡丹祭」の開催にも攜わった。牡丹祭では和太鼓や中國の舞踴などが披露され、多くの參観者が牡丹の美しさとともに両國の文化に觸れたという。その時の賑わいの様子を笑顔で語りつつ、馬さんが強調したのは、このような民間交流が中日の友好促進で果たす役割だ。

岐阜日中文化交流協會2019年日中友好牡丹祭

「民間交流は草の根の交流とも言いますが、中日両國は引っ越しができない隣國ですから、いくら狀況が複雑になってもその重要性は変わらないと思っています。今後は岐阜だけじゃなくて日本のたくさんの場所やお寺、大勢の日本の皆さんにも、菏沢市、そして中國の牡丹文化を知っていただけたらと思っています。また、両國の人々が交流できる場として、牡丹園をもっとたくさん作れたらというのが私の夢ですね」

中國と日本、そして世界。花を愛する心に國境はない。美しく咲き誇る牡丹のように、中國と世界の文化交流がより盛んになり、牡丹を通じて中日友好、さらには日本における中華文化への理解が深まること、そして馬さんの夢が現実のものとなることを筆者も願ってやまない。

植野友和

1977年出生於日本東京都,中國外文局亞太傳播中心日籍記者。畢業於日本國立埼玉大學歷史系、上海東華大學國際文化交流學院。在日本出版社策劃編輯過很多月刊雜誌。

翻譯:金知曉


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